二上山眞光院 副住職 藤本明大 様

(にじょうざんしんこういん ふくじゅうしょく ふじもとみょうたい さま)

第2回

春になり、暖かくなって来ました。そんなときに出かけたいのは、海?山?…それともお寺?? 海も山も楽しみながら、更にお寺も楽しんでしまおう!という糸島のお寺で頑張っていらっしゃる副住職さまをご紹介します。


  春になり、暖かくなって来ました。そんなときに出かけたいのは、海?山?…それともお寺??
 海も山も楽しみながら、更にお寺も楽しんでしまおう!という糸島のお寺で頑張っていらっしゃる副住職さまをご紹介します。

近年「永代供養」という言葉が注目されています。永代供養ってどんなことで、お寺ではどんな風に考えられているのか、どうして永代供養が注目されているのかなどについては、多くの方が知りたいと思っていることだと思います。そんなことを含め、真言宗大覚寺派のお寺としてのお考えなど、様々なお話をさせていただきました。 このお寺へ足を運んでもらえるきっかけになりますように。少しでもみなさんの不安や悩みが解消されますように。そんな優しさを感じていただけたらと思います。

 

monthly2_1 ―――今日は、お彼岸の法要にお邪魔させていただきました。私のように突然知らない人が来ることって、ご迷惑ではありませんでしたか?

 本日はお参りくださいましてありがとうございました。
 当寺は真言宗のお寺で、檀家さんだけでなく信者さんも多くいらっしゃいます。みなさん、突然おまいりに来る方については大変寛容で、大歓迎です(笑)

  今日は他にもたまたま訪れてくださった方もいらっしゃいましたので、お参りだけのところをみんなで引き止めて、ご法要からお接待(お食事)までしていただきました。そのようなご縁は、本当に大切にしたいと思っています。

 

―――確かに歓迎されました。私もお接待まで頂戴しまして、ありがとうございます。美味しかったです(笑)ところで、「檀家」と「信者」という言葉は、あまり他のお寺では耳にしないと思うのですが。

monthly2_2 檀家さんというのは、分かりやすくいうと納骨堂やお墓などがあって、先祖代々子々孫々の供養もしているという方ですね。信者さんというのは、今現在生きておられるご自身が真言の教えを信じていらっしゃる、いうなれば一代限りのものというところでしょうか。

 真言宗では祈願やお払い、占いといった、今生きている方の悩みや苦しみをなんとかしてさしあげたいという考えがあります。生きていること自体が修行の場であり、僧侶も皆様と共にその苦しみや悲しみを何とかしてお救いすることを第一に考えています。もちろんお亡くなりになるときに救われることも大切なのですが、生きていることを大切にすることは、すなわち「上手に亡くなる」ことに他ならないと思うのです。

 

monthely2_3 ―――檀家になるということに負担を感じる風潮があります。納骨堂やお墓以外の供養の仕方を模索している方が大勢います。最近は永代供養が注目されていますね。

 永代供養というのは、これから必要とされていくものだと思います。 当院では檀家さんからのお悩みを受けて、新たに永代供養廟を建立することになりました。お年を召して子どもたちが遠く離れていて困っているとか、娘さんしかいなくてどうも納骨堂を継承してもらえないだとか。また、子どもさんの立場からも、供養してあげたいけれど維持が難しい(時間的にも金銭的にも)というお悩みを耳にします。

 ただ、永代供養にすることは、供養してあげる点では解決できますが、他人に供養を任せてしまう罪悪感に苦しめられてしまうこともあるでしょう。本当は、悲しくて寂しい思いを抱えながらも、やむをえず永代供養墓に納めることで苦しむことがないように、また、永代供養墓に入れられた御霊が寂しさや怒りを感じることがないように、そのためにお寺でご供養しているのですよとお伝えしたいですね。
 お寺で供養することで、お寺と縁ができたと思っていただき、足を運べるときには来てお参りする場所があるので安心していただけないかな、と。亡くなった方を供養するために苦しみながら生きていく必要はないのですから。

 

―――お寺ではそのような気持ちでご供養もしていただいているのですね。それでも、何か形に残る方法で自分の気持ちを表すことはできないものですか?

monthely2_4 最近「写経」が静かにブームになってきているのはご存知ですか?当院でも若い方から写経についてのお問い合わせを頂きます。先程も写経に訪れた方がいらっしゃいましたよ。

 「真言」とは、言うを真にする、と表されます。「言霊(ことだま)」といわれるくらい、言葉には力があるんですよ。文字にする、言葉にするということは本当に大切なことで、「写経」することで、ご供養の気持ちや寂しさや様々な思いを仏様にお伝えすることができるのです。「写経」は仏様へのラブレター だと、私どもは例えてお話しています。心を込めて書くことで、その気持ちが伝わっていくものです。特に仏様には、思いを言葉にし、態度で表していると、お聞き届けいただけるものなんですよ。

 

  ―――仏様へのラブレターですか??なんだか照れちゃいますね。思いを言葉にして態度に示す、というのはまるで恋愛のことみたいですから、そうなのかも(笑)

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 そうなんですよ(笑)
 『身口意(しんくい)』という教えがあるのですが、まさに「身=行動」「口=言葉」「意=心」が一致したとき、その思いは仏様に伝わるのです。伝わってもそのままの形で叶えて下さるとは限らないのですが、そこは敏感に感じ取れる能力を試されますね。

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 例えば下世話なお願いですが「100万円ほしい!」と願うとしましょう。真剣に願い続ければ、仏様に届きます。そうすると仏様はお考えになるのです。どのような形で叶えてあげることが、この人のためになるのかと。現金が手に入る人もいるかもしれません。100万円稼ぐための仕事を手にすることができるのかもしれません。働くことのできる丈夫な体を、健康を手に入れることができる人もいるでしょう。

 願ったことがそのままの姿でかなうとは限らない、形を変えて叶えてくださっていることに敏感に気づくことができるか。
 それはその人の「能力」なのかもしれませんね。

 

―――気づく能力ですか。仏教の教えというより、まるで人生そのものの考え方のようなお話ですね。

 お寺という場所では仏様の教えを皆さまに広めていくところではありますが、何より、今生きている人が生きることを楽しみ、苦しみから解放されて過ごしていくということがとても大切に考えられています。二上山眞光院 副住職 藤本明大様 お亡くなりになった方のご供養をするのもお寺ですが、今生きている方を大切に思い、お救いしたいと思うのもお寺なんですよ。だからこそ、人生に迷ったり疲れたり楽しかったりしたときにも、お寺にお越しいただきたいと思います。

 ご相談やご祈祷も、もちろんしていただければと思いますが、たとえ仏教への信仰心があまりないと感じる方でも、空間や環境が落ち着きや安らぎを感じられるものだったりしませんか?
 それが当院であればとても嬉しいですが、もしかすると他のお寺様かもしれませんし、教会や神社かもしれません。その人と相性のいい空間、心落ち着く場所がどこかにあると思うのです。ですので、たくさんのお寺にも足を運んでみてもらいたいですね。

 もちろん、当院にも是非お越しいただければと思います。 いつでも門を開けてお待ちしていますよ。

 

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