金波山 称名寺 ( きんぱざん しょうみょうじ)

弘安7年(1284年)に創建されたお寺です。開基は北条実政、開山は乗阿一運上人。かつて博多大仏があったことでも知られています。
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弘安7年(1284年)に創建されたお寺です。開基は北条実政、開山は乗阿一運上人。かつて博多大仏があったことでも知られています。

もともとは片土居(現在の下川端)にあり、土居道場と称されていました。弘安の役での戦死者と北条時宗供養のために北条実政が建立したもので、大正時代に現在の地に移転しました。
博多大仏といわれる大きな大仏があり、現在では台座のみが当時の面影と大仏の大きさを物語っています。大仏さま本体は、昭和19年の金属供出で徴収されてしまい、今はいらっしゃいません。しかし、当時の写真などは残っているということです。お寺の中に展示してありますので、ぜひご覧になってみてはいかがでしょうか。

境内はとても広く、歴史ある松の木が何本もそびえたっています。このあたりが海岸に近かったことがよくわかりますね。
山門は常に閉じられていますが、横にある通用門から自由に出入りできます。見学やお参りの際はどうぞお声かけ下さいとのことです。
お寺の方は皆さんにこやかに迎えてくださいます。是非訪れてみてください。

 町中のお寺ですが、境内はとても広いです。以前はもっと広かったということをうかがいました。
中に入る前からどうしても目に留まってしまうのは、大仏の台座。塀に囲まれていますが、大きいし、高さがあるので一目瞭然です。なんだか空に向かってぽっかりと空洞があるようなそんな気がしてきました。

 山門は大きな法要のとき以外は閉ざされています。
 塀に沿って進むと通用門があり、門柱に「稱名寺」とあります。こちらから中へ。

 まずは左手の庫裏へ伺いました。ピンポン♪と訪ねてみると、扉を開けてくださいます。 その扉を通って進むと墓地があります。広々としていますし、足元はきれいに整備されていてお参りもしやすそうです。そして、立派な永代供養塔が。この大仏さま、サイズは違いますが、博多大仏を模して造られたとか。この下に眠るのもなかなかなものでは?と思いました。

 その後、いよいよ大きな台座のところへ。中門を通り、回り込むと階段があります。結構高い位置に台座が設置されており、周囲を一望できます。といってもそんなに遠くは見えませんが、境内は一望できます。背の高い松の木も目にとまり、かつて海が近かったころの光景を思い描きました。大仏さまも海と人と松原を静かに見守ってくださっていたのでしょう…。

 今回お話をさせていただいたお寺の方は、本当に優しく、丁寧に対応していただきました。多くの方に来ていただきたい、気軽にご相談いただきたいという思いをとても感じることができました。 ぜひ足を運んでみてください。

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博多大仏…の台座が残っています

青銅製の釈迦如来座像「旧博多大仏」は博多仏師、高田又四郎が その原型を制作し、1912年(明治45年)に称名寺に建立されました。 高さ約5・5メートルの堂々とした姿は地元でも親しまれましたが、戦争激化に伴い、金属供出のため姿を消しました。今では大仏があったことさえ知る人も少ないといいます。

戦争は人の命を奪うだけでなく、文化をも失わせるものだということを忘れてはならないと思わせてくれます。

ご供養に関するご相談もどうぞ

時宗は一遍上人の開祖ですが、一遍上人は浄土宗西山派の開祖証空上人の孫弟子の方です。生涯、寺を建立してとどまることなく、遊行をお続けになったといいます。多くの人々を救わんとし、日本全国を行脚しました。踊り念仏という独特の念仏方法を行うことでも知られている宗派です。
お墓の建立や納骨堂、永代供養についても対応してくださいます。
永代供養塔のご見学やご相談などがございましたら、お気軽にお越しください。

(写真は永代供養塔です)

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