華岳山 長圓寺 ( かがくさん ちょうえんじ)

室町時代中期、嘉吉元年(1441年)10月25日、寂誉霊海上人によって開かれました。慶長年間に小倉城内から現在の地に移り、今に至ります。
永代供養募集中 お墓募集中 納骨堂募集中

様々なご供養に対応できます

駅から近くて便利な長圓寺では 長圓寺墓苑  納骨堂  慈愛塔(永代供養塔)  を受付中です

慈愛塔(じあいのとう;永代供養塔)

新聞にも取り上げられた永代供養塔です。
時代の変遷とともに供養のお悩みも変わっていきます。そんな悩みに正面から向き合って、少しでも助けになるようにとご住職がお考えになり、この永代供養が始まりました。
金額もわかりやすく、生前申し込みも可能です。お寺の境内にありますので、ご供養の心配もありません。
現在も受付中ですので、ぜひお問い合わせください。見学も可能です。

永代供養料 : 一体 25万円 (17年間骨壺で安置ののち合葬)
●生前の宗教宗派不問(供養は浄土宗) 
●生前申込可能(供養も相談できます)
●管理費不要
●継承者不問

※詳細はお寺までお問い合わせください

長圓寺墓苑 規約改正chouenji_news

長圓寺では「長圓寺墓苑」の規約を改正し、どなた(他宗派の方、無宗教の方など)でもご相談しやすい墓苑づくりをすすめています。
ご供養やその他お困りのことがありましたら、ご相談ください。
また、お墓以外にも納骨堂永代供養塔もございますので、皆さまの心配を少しでも取り除くような方法を探すことができるはずです。

まずはご連絡の上、ぜひ一度お寺にお出かけください。
直接お話をすることで安心することも多いと思いますよ!

 

ご相談は電話、またはメールでどうぞ
アノヨコノヨを見て、とお伝えください)

TEL 093-561-4755

MAIL info@chouenji.org


駐車場 水道施設 手桶貸出 法要施設 著名人の墓所

室町時代中期、嘉吉元年(1441年)10月25日、寂誉霊海上人によって開かれました。慶長年間に小倉城内から現在の地に移り、今に至ります。
現在は西小倉駅のすぐ近くにあり、便利ながらも緑の多い落ち着いたお寺です。境内地はゆとりのある緑に囲まれた自然豊かな恵まれた環境です。

 駅前のお寺には珍しく広くて平坦な墓地を有しており、お参りにも便利な場所です。通りに面した入り口には、長圓寺の門柱と小倉北区役所の史跡看板が設置してあります。その隣には大正13年に建てられた史跡の標柱もあります。この標柱には「剣道新以心流大津山重信墓」とありますが、このお墓は江戸時代に建てられたもので境内の墓地に現存しています。その他にも長圓寺の墓地には江戸時代のお墓がたくさん残っていて、お墓の変遷を感じることのできる貴重な場所でもあります。

 本堂は平成14年に移設され、全面改修されています。とても清潔感のあるきれいな本堂です。畳敷きから、全面フローリング・全席椅子・冷暖房完備になり、お参りやご法要に参詣しやすくなっています。駐車場もありますので、お車でも、もちろん電車でも気軽にお立ち寄りいただけるお寺です。ご法要なども参加できますので、一度お問い合わせください。

 情報の発信も行っています。公式webサイトは、とても見やすくわかりやすいですし、ご住職自ら「長圓寺(長円寺)住職のO型ブログ」を頻繁に更新なさっています。こちらにはお寺の皆さんの日常やご住職のお考えや人柄がよく表れていて、写真付きでとっても楽しい内容です。是非ご覧下さい!

 駅の近くにあるお寺です。私は車でお伺いしましたが、門を入ったところで十三仏が出迎えてくれました。皆さんステキな顔です。和みますね。その先には塔があり、台座の上には子安地蔵さまが穏やかな顔をしてお立ちになっていました。こちらが新聞でも取り上げられたという永代供養塔「慈愛塔(じあいのとう)」ですね。そうやって見上げると、お地蔵さまがまさに「慈愛」を満面に湛えたお顔に見えてきました…。
 お地蔵さまの塔と向かい合うように本堂があります。まず二階建ての楼門が迎えてくれました。昔は二階部分に鐘があったようです。門をくぐると本堂前がとてもきれい!枯山水をイメージさせる白い石が敷いてあり、参道は立派な石張り。お寺にお参りに来た!という感じがします。

 本堂に入ると広々とした空間が広がっていました。ちょうど椅子がならべてありましたので座ってお参り。ご住職もいらっしゃいましたのでご挨拶しました。ご住職、若いです。優しくて穏やかな印象の方です。なんと、お子さんまで本堂にやってきました!!かわいくて元気のいい子どもたちです。お話を聞くと、ご法要の際には参詣の方のご接待はお子さんたちの役割だとか。お茶を出したりお片づけをしたり、大活躍だそうです。ぜひ見てみたい!!いつかご法要に参加してみたいなと思いました。

 近くの小学校の子どもたちが授業でやってきたり、市民の声から行政の史跡看板が建てられたりと、長い歴史の中で地域の方に親しまれている雰囲気を感じます。ご住職のお人柄も今のお寺に人を集める一つの要因だと思います。ここにきてお話をしたり本堂でお参りしたりすると、温かい気持ちになれるようなそんなお寺です。ぜひ一度訪れてみませんか??

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歴史あるお寺です

史跡看板より

 浄土宗鎮西派の花岳山長圓寺は、嘉吉元年1441、元の小倉城二ノ丸(現リバーウォーク)に創建された。最初は西蓮寺と呼ばれ、のちの長圓寺と改めた。細川忠興(ただおき)が小倉城を築城するとき、長圓寺を竪町(現安国寺の場所)に移転した。その後、安国寺を竪町に移転するため、忠興の命により長圓寺を現在地の鋳物師町に移した。
 細川忠興はこの寺をたびたび訪れたという。特に鋳物師町の祇園社(現八坂神社)で神事能を神前に供すとき、西紺屋町口から川舟に乗って板櫃川(いたびつがわ)を下って長圓寺の裏門から入り、方丈で支度をして祇園社に入ったという。

 境内墓地には江戸時代の墓が多く残っている。墓地に入ってすぐのところに、江戸時代後期の県道の達人 新以心流二世 大津山養勇軒(没年文政四年1821)の墓、中央付近には外様番頭の原庄右衛門の墓、本堂裏手には八坂神社初代宮司高山孫大夫(没年元和三年1614)の墓がある。また、江戸後期の医師で儒学者の小野区輔(没年文化六年1809)の墓があり、墓石の背面には著名な儒学者石川彦岳(げんがく)の碑文が刻まれている。


JR鹿児島本線・日豊本線 西小倉駅 徒歩7分

西鉄バス 大門バス停下車 徒歩5分

お車の方 北九州都市高速 小倉駅北出口より6分

地図

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